01


ガチャン、と扉の開閉音が聞こえたような気がして意識が浮上する。

「…ぅ」

そして、そっと温かい温もりが頬に触れた。

「寝てんのか?」

「ん…」

自分以外の声が上から降ってきて俺はぼんやりと目を開けた。

「……だ、れ?」

「ほぅ、誰ときたか。ならすぐ思い出させてやるぜ」

ずいっと近づいてきた端整な顔立ちの男をぼんやりしたまま見つめていたが、やがて焦点が合わなくなるぐらい近付かれ、それと同時に唇を塞がれた。

「んぅ…ん…!、んんっ!?」

こいつ何してんだよ!?

ハッと覚醒した俺は目の前の男、氷堂 猛の両肩を掴み離れようと押し返した。

しかし、上から覆い被さるように口付けてくる猛に敵う筈もなく息が上がるまで攻め立てられた。

「…はぁ…はぁ…」

「思い出したか?」

くたりと力が抜け、乱れた呼吸を整えている俺の顔を猛はニィッと口端を吊り上げ覗きこんできた。

「思い出したくねぇけど…」

怒るだけ無駄で疲れると判断した俺はソファーから身を起こし、座り直した。

その隣に猛は当たり前のように腰を下ろし、テーブルの上を見た。

「ちゃんと飯食ったな」

「一応、な。誰が作ったんだ?」

作った人間が誰なのか気になった俺は猛に聞いてみた。

すると猛はあぁ、まだ紹介してなかったな。と言っておもむろに携帯を取り出し、何処かへ電話をかけ始めた。

「俺だ。上総と日向連れてマンションまで来い」

そして信じられない事に猛はそれだけ言って通話を切った。

俺が相手だったら絶対に来ない。そんな事をする相手もいないが。

猛の横顔を見ながら俺はそんな事を思った。

「拓磨、お前はアイツ等が来る前に着替えろ」

携帯を内ポケットにしまいながら猛は俺を見下ろして言う。

「着替えろって、俺、服なんか持ってねぇよ」

身一つでここへ連れてこられたんだぞ、と嫌みを交えて切り返す。

しかし、当然というか猛に嫌みは全く通じずフン、と鼻であしらわれた。

「寝室のクローゼットにお前用に買ってきた服が入ってる」

いつの間に、という疑問を沈めて俺はソファーから立ち上がる。

相手が誰であれさすがに俺も寝間着のまま人に会いたいとは思わないからな。

少し眠ったお陰で快調とはいかないまでも体調も回復してきた。

「分かった」

そう頷き、俺はテーブルの上に放置していた皿と使用したコップを片付けてから寝室に着替えに行った。








side 猛


拓磨が着替えるためにリビングを出て行き、一人ソファーに身を預けた俺は数分前まで唐澤に受けていた拓磨についての詳しい報告を思い出した。

両親は拓磨が幼い時に交通事故で他界。

その後、親戚連中にたらい回しにされ、叔父である草壁 良治に引き取られるも中学校に入ると同時に草壁 良治の家を出ている。

その後不明で、昨日まで一人暮らししながら大学に通っていた事から高校は卒業しているのではないか、…と言うのが唐澤から受けた報告だった。

「あの野郎の家を出た後が気になるな…」

歳の割りに冷めた眼差し、思考。これらは元からの拓磨の性格なのか、これまでの歩んで来た過程で歪んで出来たものなのか。

胸の前で腕を組み、しばし思考に沈む。

―ピンポーン

しかしそれも直ぐに来客を知らせるチャイムによって打ち破られた。

はっ、この俺があんなガキ一人の事を気にするとはな。

心の中でそう吐き捨て、来客を向かえるために俺は立ち上がった。

リビングを出るとちょうど着替え終わった拓磨が寝室から出てくるのが見えた。

拓磨が着ている服は態々俺が見繕ってやったものだ。

「似合ってんじゃねぇか」

俺はクッと満足げに口端を吊り上げ、こちらに気付いた拓磨を手招きして呼び寄せた。



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